2006年06月04日

歌よ 五月雨/3 いのちをありがとう

 ◇五月雨<作詞・持田香織/作曲・多胡邦夫>

 主治医は、髪を振り乱し眼鏡を放り投げ心臓マッサージをする。看護師が交代を申し出ても耳を貸さず、一心不乱に胸を押し続けた。「敬治戻ってこい」。早朝の病院に、医師の祈りが響いた。

 Every Little Thing(ELT)の大ファンで、筋ジストロフィーのため入院している西森敬治が、眠るように亡くなったのは03年10月22日だった。ELTの慰問からちょうど4カ月。その思い出を胸に22歳で天国へ旅立った。

 彼のパソコンには、生きたあかしが残されていた。「大切な人たちへ」と題された文書。病気と分かった小さいころから、どんなことでも自分で決断させていた母和子(48)でさえ、「ここまで考えていたの」と驚くほど周到な準備だった。

 「みなさんがこれを読まれているということは、すでにぼくはこの世界にはいないということです……。そんなに悲しまないで下さい。肉体は滅んでも、精神・魂は滅びることはありません……。みなさんのお陰で幸せな人生でした」

 和子は、息子が生前作った詩の中からお気に入りの一編と、この一文を告別式で声を詰まらせながら読み上げた。現実と向き合い、知らぬ間に旅立ちの準備を進めた最愛の息子。「母へ」という文書には、素直な心がつづってあった。

 「喜びも悲しみも二人三脚で歩いてきたよね。いろいろあって、ひどいことも言ったりしたけど母ちゃんがいてくれたら安心できました。産んでくれてありがとう」

 筋肉の衰えが進み、気胸の大手術なども重なった最後の1年。残された時間を感じ取り、パソコンに少しずつ打ち込んだのだろう。

 「一番つらい時期だったから、ELTの慰問は生き抜く励みになったと思います」。和子はELTの慰問が、命の灯が消える前だったことに感謝する。だが、その時、病室でサインをしてもらったアルバムや、多くの音楽CDはいまだに整理できない。「息子を思い出すとつらいから」。気丈な和子の顔が、悲しみで一瞬ゆがんだ。=敬称略、つづく<文・砂間裕之>
posted by TaRo at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ELT | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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